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再度瞳を閉じると、両手を胸のあたりまであげる。
集まってくる、様々な事象。
時間も、空間も、人も、なにもかも。
ベルトラインに侵食された時、全て人とモノは混沌の中へと入ってしまったのだ。そして自分の知っている者たちもまた…。
全てを奪還する。
右手を広げる。手に光が集まる。
考えていたことは一つ。
この中から、この混沌の中から産み出さねばならない。全てを。
自分しかできない。自分がやらなければならない。全ての悲しい物語に終止符を。そして全ての新しい話が明るく楽しいものとなるように。
でも…。自分では産み出せない。
自分も、何もかも、女性の中から産まれてきたのだ。自分は男性。擬似的に変えるか。空間を擬似的な子宮に見立て、様々なものを産み出して行こう。
混沌の中から、誰だか女性の塩基配列を読む。最低限の女性のデータを読み、体内に取り込み、それを忠実に実行していく。
空間が真っ暗になり、温かい水の中に覆われた。これが子宮の中なのだろう。
「さぁ、この世界に生まれておいで…。」
ゼロとイチしかない二進法で表現されていた彼のデータが、見る間にDNAにコピーされ、人の体を作っていく。胎盤はない。銀次の右手の細い線がそれなのかもしれない。
胎児の姿から産まれた姿へ、そしてどんどんと成長を遂げて…。
「…さすがに服がないと困るよね。」
銀次は苦笑して、ぱっと右手を揺らした。途端、裸体だった彼に銀次が最後に見たときの彼の着ていた服が着せられる。…下着は仕方が無い。自分のトランクスしか思い浮かばなかったのでそれの色違いのにした。
「まだ、目を開けてはダメだよ。」
意識は朦朧としていたのだろう。その言葉に「彼」ははっとした。
「もうキミは無限城から解放されたんだ。外にも出られる。HONKY TONKの波児の美味しいコーヒーだって飲める。」
微笑みながら、告げる。
「ただ…これから起きること、そして俺が起こすことを見守っていてほしい。カヅッちゃんとシドには手を出さないつもりだけど…。蛮ちゃんのためだから。」
「銀次さん……」
こぽり、と音がした。擬似的な羊水。そこまで彼はつくったのか?
「さぁ、あの光がさす所へ出て。もう無限城なんかに縛られないで、自由に生きて。」
「でも…」
「その体は創ったんだよ。もう大丈夫。心配しないで。」
優しい、やさしい、声。
「そして、自分の名前を考えよう。行っておいで…」
ふっと彼から離される。光のほうへと流れていく。
「銀次さん!待ってますから!何があっても!」
「うん。待ってて。…MAKUBEX。」
その言葉に涙が出る。大丈夫。少しだけ離れるだけだから。でも、できることならずっとこの中にいたい。銀次と共にこの先を見て―――――
光が寸前に見える。
ああ、産まれるんだ。とMAKUBEXは実感した。今まで無限城という胎内から。
光から抜け出る。 足がアスファルトに着く。…そこでMAKUBEXは苦笑する。
「銀次さん、最後が抜けてるなぁ。」
靴がなかった。
だが、前を見ると、花月や士度たちのデータで何度も見たことがある、店。
「美味しい、コーヒーかぁ。」
裸足で踏み出す。無限城ではない所を。
一歩、いっぽ。
ドアノブに手をかけ、引っ張る。
カランコロン。
良い音が響いて、店内の者たちが振り向く。敵意も何もない、ただ驚いた表情。
「はじめまして。外に出るのは初めてです。とりあえずMAKUBEXと呼んでください。」
その時のマスター――――波児の顔と言ったら。