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何故だか分からないが、銀次や蛮を良く知っている者たちは、不思議とまずはここのドアを開ける。
最初はMAKUBEXだった。
次に来たのは絃の花月と夜半だった。続いて士度、筧姉弟、笑師…続々とこのドアを開ける。
そして言い合うのだ。「銀次は…?」と。
「兄弟仲良くね。」と言われた。と花月と夜半。
「マドカちゃんによろしく。」と言われた。と士度。
「MAKUBEXとカヅッちゃんたちを見てあげて。」と筧姉弟。
「もうちょっと待っててね。」と言われて不思議がっていた笑師は…亜門と再会する。
それぞれにそれぞれの言葉をかけ、銀次は新しく無限城から産み出している。
いつの間にか、二人を良く知るものたちの情報場として、HONKY TONKはなってしまった。
「サウスブロックの人たちが戻ってきているようです。」
花月の言葉に、全員が驚いた。何万とも言われている人間を、銀次は産み出そうとしているらしい。
「やること無茶苦茶ですね…。」
苦笑しながらMAKUBEXはカフェオレを飲む。彼は無限城時代に培った金を引き出し、大人数が住めるマンションの一室を購入した。そこに本人と朔羅と十兵衛は住んでいる。
「ですが…不思議なんです。」
花月の言葉に、全員が沈黙する。
「何が不思議なんや?花月ハン?」
沈黙が苦手な男、笑師が尋ねる。
「覚えていないんです。」
え?と全員が花月を凝視する。
「…雷帝のこと、邪眼の男のこと…すべてを忘れているんです。」
まるではじめから彼らはいなかった。というようにサウス・ブロックの住人は言っているらしい。
「何をする気なんだ…?銀次は?」
士度がイライラとコーヒーを飲む。
「分からない。」
MAKUBEXが答える。でも、と続ける。
「あの人は0と1にしか存在がなかった僕に3という存在を付与し、肉体を創り上げた。」
点の世界から線の世界、それを三次元の世界へ。
「…あの人は今、次元を超越して、何かをしようとしている。それはたぶん…」
全員が俯いた。彼のことだから、一番最初に復活させるはずの相棒。
邪眼を4回使い、そしてまた蛇遣い座の力を借りすぎて肉体がぼろぼろになっていた男。
「アイツがここに来た時、すべてが終わるんだろーな。」
士度が呟く。その言葉に全員が俯く。
はやく、早く帰ってこい。孵ってこい。還ってこい。
全員の祈りは…まだ届かない。
再度瞳を閉じると、両手を胸のあたりまであげる。
集まってくる、様々な事象。
時間も、空間も、人も、なにもかも。
ベルトラインに侵食された時、全て人とモノは混沌の中へと入ってしまったのだ。そして自分の知っている者たちもまた…。
全てを奪還する。
右手を広げる。手に光が集まる。
考えていたことは一つ。
この中から、この混沌の中から産み出さねばならない。全てを。
自分しかできない。自分がやらなければならない。全ての悲しい物語に終止符を。そして全ての新しい話が明るく楽しいものとなるように。
でも…。自分では産み出せない。
自分も、何もかも、女性の中から産まれてきたのだ。自分は男性。擬似的に変えるか。空間を擬似的な子宮に見立て、様々なものを産み出して行こう。
混沌の中から、誰だか女性の塩基配列を読む。最低限の女性のデータを読み、体内に取り込み、それを忠実に実行していく。
空間が真っ暗になり、温かい水の中に覆われた。これが子宮の中なのだろう。
「さぁ、この世界に生まれておいで…。」
ゼロとイチしかない二進法で表現されていた彼のデータが、見る間にDNAにコピーされ、人の体を作っていく。胎盤はない。銀次の右手の細い線がそれなのかもしれない。
胎児の姿から産まれた姿へ、そしてどんどんと成長を遂げて…。
「…さすがに服がないと困るよね。」
銀次は苦笑して、ぱっと右手を揺らした。途端、裸体だった彼に銀次が最後に見たときの彼の着ていた服が着せられる。…下着は仕方が無い。自分のトランクスしか思い浮かばなかったのでそれの色違いのにした。
「まだ、目を開けてはダメだよ。」
意識は朦朧としていたのだろう。その言葉に「彼」ははっとした。
「もうキミは無限城から解放されたんだ。外にも出られる。HONKY TONKの波児の美味しいコーヒーだって飲める。」
微笑みながら、告げる。
「ただ…これから起きること、そして俺が起こすことを見守っていてほしい。カヅッちゃんとシドには手を出さないつもりだけど…。蛮ちゃんのためだから。」
「銀次さん……」
こぽり、と音がした。擬似的な羊水。そこまで彼はつくったのか?
「さぁ、あの光がさす所へ出て。もう無限城なんかに縛られないで、自由に生きて。」
「でも…」
「その体は創ったんだよ。もう大丈夫。心配しないで。」
優しい、やさしい、声。
「そして、自分の名前を考えよう。行っておいで…」
ふっと彼から離される。光のほうへと流れていく。
「銀次さん!待ってますから!何があっても!」
「うん。待ってて。…MAKUBEX。」
その言葉に涙が出る。大丈夫。少しだけ離れるだけだから。でも、できることならずっとこの中にいたい。銀次と共にこの先を見て―――――
光が寸前に見える。
ああ、産まれるんだ。とMAKUBEXは実感した。今まで無限城という胎内から。
光から抜け出る。 足がアスファルトに着く。…そこでMAKUBEXは苦笑する。
「銀次さん、最後が抜けてるなぁ。」
靴がなかった。
だが、前を見ると、花月や士度たちのデータで何度も見たことがある、店。
「美味しい、コーヒーかぁ。」
裸足で踏み出す。無限城ではない所を。
一歩、いっぽ。
ドアノブに手をかけ、引っ張る。
カランコロン。
良い音が響いて、店内の者たちが振り向く。敵意も何もない、ただ驚いた表情。
「はじめまして。外に出るのは初めてです。とりあえずMAKUBEXと呼んでください。」
その時のマスター――――波児の顔と言ったら。
「…始めようかな。」
世界の道しるべは終えた。
次は、この無限城の中全ての奪還。
銀次は瞳を閉じる。螺堂源水の作った無限城のデータと自分が記憶しているデータ、そして他の者たちが記憶しているデータを重ね合わせる。
すぅっ
息を吸う。右手をあげる。
「はっ」
小さな掛け声とともに右手を下げる。
瞬間
ベルトラインの中心部に立っていた。スキャンしてみる。ロウアータウンも全て元通りになった。
侵食される前の。もとの姿に。人がいないだけで。
「………ここは、イヤだ。」
ふっと自身をプラズマ化して四散させ、場所を求める。
(あそこがいい。)
地下。
子供の時、塒にし、また遊び場所にもした所、そして…MAKUBEXと戦った所。
瞬時に実体化させ、近くのドアを開ける。大きな部屋。…ここでいい。
銀次は、次のステップを踏み出した。
上も下も右も左もない。
今や無限城の中は混沌のスープと化していた。
その中、二区画のみ「存在」する場所があった。
「銀次」のいる場所と。
「波児たち」のいる場所。
「波児、ヘヴンさん、卑弥呼ちゃん、マリーアさん、柾。」
いつもの口調で銀次は話す。不思議なくらい落ち着いた口調。全てを理解した賢者の口調。
「銀次…」
そのいつもと変わらない不思議な姿に波児が口を開いたが、卑弥呼がそれを遮る。
「天野!蛮はどうなったの?」
銀次はにっこりと笑った。いつもの顔。人を安心させる、笑顔。
「蛮ちゃんはこの中にいる限りは無事だよ。…卑弥呼ちゃん、安心して。…みんな。」
五人を見渡し、銀次は言った。
「みんな、ありがとう。これから、全てを奪還するから。」
HONKY TONKとか、みんなのうちで待ってて。送るから。
みなぎる決意。天野銀次の顔。
「いつまで待てばいいんだ?」
柾の言葉に銀次は横に首を振る。
「わからない。でも、待ってて。」
どんな姿になっても、無限城にいた人と、蛮ちゃんはみんなのもとに戻すから。と。
「王よ。全ての舵はあなたに手渡されました。お導き下さい。」
マリーアは深々とお辞儀をした。
「うん。わかった。…それじゃあ。」
ばいばい。
瞬間、五人は見慣れた場所にいた。
「あ、れ?」
HONKY TONKの前。…何故か行列が出来ている……。
そんな中、カウベルが鳴った。
「おかえりなさい!マスター!」
「おかえりなさいです!お疲れ様です!」
夏実とレナが涙ぐみながらでてくる。
五人は顔を見合わせ、それじゃ、と姿を消す。
波児は店の中へ。
マリーアと卑弥呼は自分の家へ。
ヘヴンと柾は…とりあえずヘヴン宅…へ?
五人の道は分かたれた。
だが、それぞれ考えていることは一緒。
彼は、銀次はどうするのか?
流石のよろず屋でもどうしようも無い、と波児は首を振った。…ついでにこの来客数にありえない、と。